私がIgA腎症を患って、特に辛かった事

運動制限

私は中学校時代、1年間の入院生活を送りましたが、その時も、退院してからも、「過度の運動はしてはいけない」と主治医に言われていました。これも、食事制限と同じく曖昧で、「どこからが過度の運動なのか」と言う線引きを自分でしなければなりません。私は、かなり手前で線引きをしてしまいました。

ですから、退院してからも、学校の体育の授業は全て見学。運動と言えば、通学の片道徒歩15分のみ。こんな生活ですから、体力は全然ありませんでした。学校の授業を受けるだけで精一杯でした。帰ってきたらグッタリで、ベッドに横になって昼寝。

自分がしたい事なんてできる状態ではなく、学校へ行って、帰ってきて、消耗した体力を昼寝で回復させ、ご飯を食べ、またベッドに横になり、いつの間にか寝ている。そんな生活をしばらくしていました。

中学から高校に進学した時、通学方法は、自転車か、地下鉄→バスと乗り継ぐか、2通りありました。友人が自転車通学をする、と言った為、私もそうしようと思い、自転車通学を始めましたが、最初は地獄でした。軽い運動も全然していない中学時代から、いきなり片道10キロの自転車通学しかも上り坂。

友人と一緒に通学するつもりでしたが、最初の頃は、自転車を一旦降りて、しばらく休んでまたこいで、の繰り返しだったので、友人に先に行ってもらう事にしました。最初は休み休みで、50分ぐらい通学にかかりました。

・・・それが、1年後には、30分ぐらいで行けるようになりました。もちろん、この頃には友人と一緒に通学していました。「慣れ」というのは恐ろしいというか何と言うか・・・

この頃には、ふくらはぎから太ももにかけてが、まるでスピードスケート選手のような筋肉のつき方になっていて、どんな坂だろうとすいすいと上っていけました。

この頃から、体育の授業もやっていました。サッカーや、1500mなどの、「持久力を必要とする種目」は見学する。それ以外の事は「一生懸命にならない程度にやってみる」と言うルールを作って、適度に出席してみよう、と考えるようになったのです。

きっかけは、主治医の一言でした。

「確かに運動制限も大事だけど、この先社会人になって働くことを考えると、ある程度の体力は必要。体育の授業を全部見学していたら、体力もつかないし、どこにも勤められない身体になってしまう。今からでも遅くない。少し運動してみたら?」

そう言われた頃は、自転車通学して半年経っていたので、既に結構体力もついており、ある程度の体育の授業を行っても、余裕ができるようになっていました。自分は、最初に「線引き」をした時点で、ちょっと判断が間違っていたのかもしれません。それを、主治医が変えてくれました。

運動制限は、確かに必要です。しかし、将来自分が就きたいと思った職業ができた時に、「体力不足」と言う理由で諦めなければならない、と言うのは悲しすぎると思うのです。

何年間か働いてみて、「やっぱり体力的に無理がある」と思う事はあるのかも知れません。しかし、「やってみてダメだった」と「やる事もできなかった」とでは、人生大きな違いです。「やってみてダメだった」と言う経験は、決して無駄ではないと思います。「自分の体力では無理だ」と言うことがわかったのですから。

最低限、自分がなりたい職業に「チャレンジするに耐え得る体力」は、つけておく必要があるのではないか、と思います。

IgA腎症について