私がIgA腎症を患って、特に辛かった事

就職

正直に言いますと、この時ほど自分の病気を恨んだ事はありません。

私は医療系技師で、しかもかなり特殊な職種の為、当時の地元には、養成校が1校しかありませんでした。なので、地元付近の求人は、全員がその1校の生徒だけで決まる、というような、いわゆる「総取り」のようなものでした。

また、学生の時の就職活動の際には、学生同士の争いが起きないように、学校に届いた求人先への応募は、先生が「どの生徒を受けさせるのか」を考えて、求人募集者数分しか受けさせてもらえませんでした。

例えば、ある会社の求人募集者数が2名だった場合、その会社に4人の生徒が「受けたい」と名乗り出ても、学校の先生の独断で、2人に絞られてしまうのです。私の場合、

学校の先生の独断の段階で、ことごとく落とされました。

当時の養成校には、生徒数以上の求人が集まりましたが、やはり諸条件により、募集の集まる会社とそうでない会社があります。自分もやはり条件のいい会社に入りたいですから、そういう求人に名乗りを挙げるのですが、決まって言われた先生の言葉が、

「お前は病気持ちだ。どんなに成績が良くても、持病があるだけで他の生徒より不利になってしまう。お前をこの会社に入れるよりも、他の良い人材を送り込む方が、後々のうちの学校への求人も有利になる。お前の入る隙はない」でした。

そして、私が先生から推薦された求人は、実家から車で3時間の田舎町で、ひっそりやっている会社でした。求人を出しても人が来ないのか、給与面などは良かったのですが、自分が望んでいた、「今の町で、IgA腎症を10年近く診てくれている主治医の下を離れたくない」と言った希望は、全く無視されたものでした。

しかし、結局は、学校とは全く別ルートで見つけた地元の求人に滑り込む事ができたのですが、自分が病気だからなのか、他の理由があるのか、給与は他の求人よりもかなり低いものでした。

しかし私は、遠くの会社で給与の高い会社を取るよりも、給与は少なくても、地元で就職して、長く付き合ってきた主治医とIgA腎症の治療を続行する事に決めたのです

私のこの身体では、その2択しかありませんでした。決して成績は悪くはなかったのですが、他の生徒と競争する事は、学校にとっては許される事ではなかったのです。

IgA腎症について